ホテルサンルート白河、ホテルプレザント白河、グーチョキパー社長ブログ

福島県新白河駅前にあるホテルサンルート白河、ホテルプレザント白河、岩盤浴グーチョキパーのグループ社長である金子博のブログです。経営理念は”みんなの幸せ”です。【この世で一番腹黒い社長が日々を綴るブログです】
2009/07 | 12345678910111213141516171819202122232425262728293031
余録:「闇」から「春」へ

 のっけから「大晦日(おおつごもり)は闇」と書いているのは井原西鶴の「世間胸算用」だ。

「銭金がなくては越えられない冬と春との峠、これは借銭の山が高くては登りにくい」という。

掛け売りが普通だった昔、大みそかは借金取りと借り手の攻防の一日であった

▲「世間胸算用」はその一日を20の物語で描いた西鶴の傑作である。

なにしろ包丁を振り回して自害するふりをするのが借金取り撃退の「よくある手」で、夫婦げんか、

子の行方不明、親の失跡など、どさくさ紛れ狙いの言いわけなら総動員だ

▲だが本当に貧しい長屋の住人には商人も掛け売りをしなかったので、借金取りも来ない。

日用品を質に入れて年を越す長屋の住人を西鶴は「哀れ」という。

ただそれで世を嘆くこともなく、言いわけの要もない境遇には半ばうらやましげだ

▲「哀れなのは貧家の辺の小質屋で、気が弱くてはやっていけない。

脇から見てさえ、悲しいことが数々ある年の暮れだ」。それでも古い破れ傘や、

ふたのない重箱をかたに、年越しの金を工面できたのは人情というものがあったからだろう

▲「今の商売の仕かけは偽りの卸問屋のようだ」とは破綻(はたん)した金融ビジネス批判でな

く西鶴の言葉だ。おかげでこの年の暮れも「脇から見ても悲しいことが数々ある」ことになった。

江戸の昔と違うのは、一切容赦ない借金取り立てや、日用品もろとも家を追われる世の非情だろうか

▲「大晦日の闇」もいったん明ければ「朝の光は、豊かに静かに万民の身に照りそい、くもりなき春になった」と西鶴は書いた。雲行きは不安な不況下の年明けになろうが、

その人情と心機一転のあざやかさは江戸人にあやかりたい。

毎日新聞 2008年12月30日 

★難しい話ではあるが昔と今を表した記事であった。

有り難う御座います。

三本松下り坂、出口の雪景色、来春の桜の景色を書く為に掲載しました。
この雪を桜とどちらが綺麗でしょうか?楽しみです。
三本松下り出口の雪景色 xx
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://guchokipa1.blog7.fc2.com/tb.php/276-51096a92
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック